パリ6区、サンジェルマン・デ・プレ。
いつも多くの人で賑わうこの街に、CA時代からフライトのたびに訪れていた場所があります。
パリで最も古い教会のひとつ、サンジェルマン・デ・プレ教会です。
扉を開けると、外の喧騒がすっと遠ざかります。
うす暗い聖堂。
ひんやりとした空気。
重い壁に囲まれた、静かな奥行き。
何度訪れても、そこで呼吸が深くなるのを感じました。
長い時間を通ってきた光
聖堂の奥へ進むと、ステンドグラスから差し込む光に目を奪われます。鮮やかな光というより、長い時間を通り抜けてきたような、古びた光です。
外観はロマネスク様式なのに、ゴシック建築を象徴するステンドグラス。ヨーロッパでは、よくあることです。
侵攻や火災などを経験しながら、何度も修復されてきました。異なる時代の建築や装飾が、ひとつの空間の中に残っています。
完全な姿に戻すというより、傷んだ部分を受け入れながら、その時代ごとに手を加え、つないできた場所なのだと思います。
その光を見ていると、傷ついたものは、以前とまったく同じ姿に戻らなくてもよいのかもしれないと思えてきます。
修復された跡を残したまま、次の時間を生きていく。
それもまた、再生のひとつです。

疲れていたことに気づく場所
教会の中にしばらく座っていると、自分が思っていた以上に疲れていたことに気づきます。
何かを解決してくれるわけではありません。
励ましてくれる言葉があるわけでもない。
ただ、静かな空間と光の中に身を置くことで、外へ向いていた意識が、少しずつ自分の内側へ戻ってきます。
私にとって、サンジェルマン・デ・プレ教会は、そんな場所でした。
光は暮らしのリズムに関わっている
私たちの身体は、周囲の明るさによって、一日のリズムを調整しています。朝の光を受けると、身体は活動する時間が始まったことを知ります。
反対に、夜まで強い光を浴び続けていると、休息へ向かう切り替えが難しくなることがあります。
光は、ものを見せるためだけのものではありません。
眠ること、目覚めること、気分や集中力にも関わる、暮らしの一部です。
だからこそ、どんな光の中で一日を過ごすかは、思っている以上に大切なのだと思います。
日常の光を少し変えてみる
特別な教会へ行かなくても、光との付き合い方は、日常の中で変えられます。
朝はカーテンを開け、外の光を部屋に入れる。
昼間は、できるだけ自然光のある場所で過ごす。
夜は照明を落とし、一日の終わりを身体に知らせる。
キャンドルを灯すこともあります。
揺れる炎を眺めていると、視線がひとつの場所にとどまり、考え続けていた頭が少し静かになります。

キャンドルそのものに特別な力があるというより、
光を落とし、手を止め、しばらく炎を見る。
その時間が、休息への切り替えをつくってくれるのでしょう。
自分に必要な光を選ぶ
サンジェルマン・デ・プレ教会で感じたのは、光の強さではなく、光の質でした。明るければよいわけではないです。
朝に必要な光。
仕事をするときの光。
気持ちを静めたい夜の光。
そのときの自分に合う光があります。
疲れているときほど、私たちは自分を変えようとします。しかし、先ず変えるものは、自分ではなく、身を置いている環境なのかもしれません。
光を少しやわらかくする。
窓辺に椅子を移す。
夜の照明をひとつ消す。
そんな小さな選択から、暮らしのリズムは少しづつ変わり始めます。


