「人は21日続ければ習慣になる」
そんな言葉を、一度は聞いたことがあると思います。
けれど実際には、
「三日坊主でした」
「途中で面倒になりました」
そんな経験を繰り返し、自分を責めてしまった人も少なくないのではないでしょうか。
以前の私は、“続けられない自分”を改善しようとしていました。
どうすれば継続できるのか。
どうすれば習慣化できるのか。
世の中には、たくさんの「続ける方法」があります。
小さく始める。
記録する。
環境を整える。
仕組み化する。
それらは間違っていないです。
ただ私は、ある時から、もっと手前にあるものが気になり始めました。
そもそも、なぜ人は途中で止まるのだろうか。
その問いを、自分に投げかけてみました。
続かないのは、意志の弱さだけではない
習慣が続かない人の多くは、本当は「やりたい」と思っています。
変わりたい。
整えたい。
前に進みたい。
けれど、現代の私たちは、想像以上に神経を使っています。
情報。
音。
通知。
画面。
人間関係。
気遣い。
脳も神経も、休まらないまま動き続けている。
そんな状態でさらに、
「続けなければ」
「変わらなければ」
を重ねると、身体はブレーキをかけ始めます。
続かないのは、怠けではなく、
「これ以上は無理」という身体からのサイン。
そう考えると、見え方が少し変わってきます。
習慣に、期待をし過ぎてしまう
健康のため。
成長のため。
未来の自分のため。
習慣には、たくさんの期待をこめやすいものです。
しかし、期待が大きくなるほど、行動は重たくなっていきます。
そしてその奥には、
「これさえ続けば変われるかもしれない」
という、小さな依存も生まれやすい。
人は、期待とプレッシャーを背負わされたものから、無意識に離れようとします。
だから、続かないことにも理由がある。
それは意志の問題というより、心と身体の自然な反応なのかもしれません。
「続けること」が、自分を裁く材料になっていないか
続く人はすごい。
続かない人はダメ。
知らないうちに、そんな空気を吸い込んでしまうことがあります。
でも本来、習慣は人格テストではありません。
続かなかったからといって、人としての価値が下がるわけではない。
むしろ、無理を重ねて壊れてしまう方が、身体にとっては危険です。
私自身、「ちゃんとしなければ」が続いていた時期、全身アレルギーや帯状疱疹として、身体にサインが出たことがあります。
あの時感じたのは、
身体は、限界を超える前に止めてくれる。
ということでした。
習慣より先に、「回復」が必要な時期がある
人生には、何かを増やすより、休ませることが必要な時期があります。
特に、心・体・神経が消耗している時期に、さらに努力を重ねようとすると、回復力そのものが落ちてしまう。
そんな時は、「続ける力」を鍛えるより、
安心する
眠る
ぼーっとする
静かな時間を持つ
そういうことの方が、ずっと大切だったりします。
身体は、置いていかれたまま頑張ることを、あまり望んでいません。
無意識は、「変化」を怖がることがある
習慣が本当に定着すると、人は少しずつ変わっていきます。
すると、今までの自分ではいられなくなる。
その変化を、無意識は「危険」と感じることがあります。
だから、
眠くなる
忘れる
面倒になる
そんな形で、停滞モードに入ることがある。
これは怠けではなく、自己防衛反応です。
変わりたくないのではなく、急激に変わることが怖い。
人の心と身体は、思っている以上に繊細です。
毎日、同じ自分ではない
私はもう、「習慣化」という言葉に、振り回されすぎないようにしています。
毎日、気温も違う。
体調も違う。
感情も違う。
同じ人間なのに、毎日まったく同じ状態でいられるわけがありません。
それなのに、
「昨日できたのに今日はできない」
を責め続けると、心も身体も疲れていきます。
続かない日がある。
止まる日がある。
戻る日がある。
それでもまた、自分のタイミングで動き出せばいい。
私は今、そう考えています。


