怒りの在処を知る

腹が立ったら、気持ちを鎮める。
不安になったら、「大丈夫」と言い聞かせる。
落ち込んだら、できるだけ早く立ち直る。

揺れてしまった心を、瞬時に元の位置へ戻すことができたら、どんなに楽でしょうか。

感情の中でも、コントロールするのが最も難しいものの一つが、「怒り」ではないかと思います。
この怒り、どんな瞬間に顔を出すのでしょう。

私自身の怒りの在処を探ってみました。

ずっと以前のことですが、わが家の敷地内に、他人が無断で入ってくるようになっていました。そのときのことは、今でもよく覚えています。

気配が消えた後、すっかり様子が変わってしまった花壇には、無数の足跡が残っていました。どんな対策をしたかは覚えていません。

が、感情の記憶だけがずっと残っているのです。
あの体験を、振り返ってみると、私の怒りには、あるパターンがあることがわかってきました。

私の場合、まず嫌だと感じるのは、自分の領域に入ってこられたときです。その時点で、かなり強い違和感があります。

そして、私の内側にある導火線に火がつくのは、入ってこられた領域の中で、私の望んでいないことをされたときです。

考えてみれば、おかしな話です。相手が私の領域に入り込み、怒りの原因を置いていったのに、

「この感情をなんとかしなければ」「こんなことを感じている自分でいたくない」と、感情のコントロールに取り組んでいるのは、私なのです。

怒りを鎮めようとすればするほど、相手がしたことではなく、怒っている自分のほうになにか問題が隠されているような気がしてきます。

家の敷地には、「ここから先は私の領域です」という境界線があります。心にも同じような境界線があります。

そこへ誰かが無断で入り、いろいろな色をした感情を置いていく。しかし、「持って帰ってください」とは言えない。

私は、置いていかれた荷物を、しばらく黙って眺めています。そして少し時間がたってから、「なんだ、これは?」と怒りが出てくるのです。

私はいつも、その瞬間になって初めて、自分の境界線が曖昧になっていたことに気づきます。

何を嫌だと感じたのか。
どこまでなら許せたのか。
相手は、どの線を越えてきたのか。

怒りの在処を見ていくと、自分が何を大切にしているのかまで見えてきます。

そして、自分の怒りのパターンがわかるようになると、同じような出来事が起きたとき、「あ、いつものパターンだ」と気づけるようになりました。

怒りの感情がなくなるわけではありませんが、繰り返すうちに、怒りに反応する力は弱くなっていきます。

そして、何が起きているのかわからないまま、感情に巻き込まれることはなくなるのです。

私にとって、もう一つの助けになったのが、日頃の瞑想です。以前、アーユルヴェーダサロンを営んでいた頃、施術の前には、必ず一時間ほど瞑想をしていました。

その頃から、自分の内側にどんな感情があるのかを、少し離れたところから感情観察する習慣がついていました。

感情を自分と同化させず、感情コントロールができるようになる方法として瞑想は私にかなり合っていました。瞑想が苦手なら、紙に書き出すことも一つの方法です。

自分の内側にないものは出てきません。頭の中では捉えられなかった感情も、言葉として目の前に置いてみると、少し離れて眺められるようになります。

そういった意味で、書くこともまた、一つの瞑想と言えると思います。

まずは、自分がどんなときに怒りを感じるのかを知ること。

何を守ろうとしているのか。
どこまで入ってこられると、嫌だと感じるのか。

怒りを急いで鎮める前に、そのパターンを見つける方向へ意識を向けてみる。自分の怒りの構造を知るところからはじめてみるといいと思います。

私のオンラインでは、カードリーディングを通して、自分の感情の癖や、繰り返しやすいパターンを知ることができます。

感情が「どこから来ているのか」に気づくだけで、その感情は自然と非活性化していくことが分かっています。

▼こんなアプローチもある、という参考として、立ち寄ってみてください。