なんだろうな、この感じ。
二人でいるときは心地よかったのに、もう一人加わった瞬間、空気が変わる。会話は弾んでいるけれど、それは自分の知らない話題。
だんだんと、会話の外側に取り残されていくような居心地の悪さを感じ始める。
三人でいると、ふとした瞬間に生まれる「2対1」の流れ。この「1」になったとき、なぜ私たちはこれほどまでに心がざわつき、居心地が悪くなるのでしょうか。
人間関係が描く「さまざまな三角形」
二人だけの関係は比較的シンプルです。
しかし三人になると、関係は3つの線で結ばれ、いろんな「三角形」になる。
- 三人の距離が等しい 正三角形
- 二人の距離が近い 二等辺三角形
- それぞれの距離が異なる いびつな三角形
どちらか二人に共通の話題があったり、一人が忙しくてしばらく会えていなかったり。
人の状況や距離感は常に変化しているので、三角形の形が変わること自体は、とても自然で特別なことではありません。
それなのに、「完全に2対1の流れに入った」と感じた瞬間、私たちは強い居心地の悪さを覚えます。
幼い頃に経験したような「仲間外れ」の感覚が蘇り、「もうここにいたくない」と立ち去りたくなる。その心の揺れは、一体どこから来ているのでしょうか。
「選ばれない私」と、内側に潜む不足感
二人が親しく話している。
これはただ、目の前で起きている出来事です。
しかし、その光景に心が波立つとき、私たちの内側では無意識のスクリーンにストーリーが描かれています。
「選ばれない私」
「私には何かが足りないのだろうか」
そうやって、目の前の出来事を自分の「不足感」へと結びつけてしまうのです。それが寂しさや悲しさ、時には怒りとなって表面化します。
不足感を抱えると、人はそれを埋めようとして「誰からも選ばれる理想の自分」を作り上げようとするのです。
そして無意識のうちに、「三人の関係では、私はこうあるべきだ」という基準を自分にも相手にも課してしまう。理想を持つことは自然なことです。
しかし、その理想を基準にして外側の現実を測ると、ギャップが生まれるたびに「自分の価値」まで低く見積もってしまうのです。
感情と同化しない「観察者」になる練習
ここで一度、外側に向いていたベクトルを、自分の内側へと戻してみます。
今、私は寂しいのかな。
それとも、怒っているのだろうか。
自分の感情に気づくときのコツは、感情と自分を同化させないことです。
「私は寂しい人間だ(=感情と自分が一体化)」
ではなく、
「今、私の中に『寂しさ』という感情があるな」
と、一歩引いて観察する。
この「観察者」の視点を持つために、とても効果的なのが瞑想です。目を閉じて外からの情報を遮断し、ただ自分の内側で起きている波立ちを静かに眺める。
感情は消えてなくなるわけではありません。
また戻ってきます。
しかし、感情を観察する感覚が掴めてくると、居心地の悪い感情に巻き込まれる時間がぐっと短くなります。
感情と同化せず、心地よい自分の軸(バランス)へすぐ戻れるようになっていくのです。
ひとことメッセージ(まとめ)

三人の関係で感じた、あの居心地の悪さ。最初は、二人の態度が原因だと思っていたかもしれません。
しかし、内側を丁寧に紐解いていくと、そこにあったのは「選ばれなかった」という過去の痛みの記憶や、自分でも気づかなかった「不足感」だったかもしれません。
「選ばれるために、私はこれまで何を足そうとしていたのだろう?」
三人の関係が描く不揃いな三角形は、外側の人間関係を否定するものではなく、自分自身の内側にあるものに気づく機会を与えてくれているのかもしれません。
日常で心が揺れたら、そっと目を閉じて、自分の内側の声を聴く時間を大切にしてみてください。


