人生で、名前を付けたくなるもの

夕暮れの空の下で、自転車に乗って移動する女性の後ろ姿



人生にあると、安心できるもの。

住む場所。
仕事。
肩書き。
長く続いている人間関係。

人はいつから、何のために、これらを集め始めたのでしょうか。増えていくほど、人生は安定していくように思えます。

では、安定とはなんだろう。
たとえば、これらを20代で手に入れたとしたら、

30代、40代、50代。

ずっと変わらず、そこにあるでしょうか。

持ち物に名前を書く


小学校に上がる頃、持ち物に名前を書きました。
上履き、体操着、ノート、教科書。

ほかの人のものと間違えないように。
これは自分のものだとわかるように。

では、中学生、高校生、大学生になり、社会へ出てからはどうでしょう。

仕事や肩書きは、自分が何者であるかを社会の中で位置づけてくれるものかもしれません。
家には表札を掲げ、土地には境界線があります。

大人になった今も、名前を書いておきたくなるものは何でしょうか。

そして、なぜそこに名前を書いておきたいのでしょうか。

名前をつけたくなる


私たち自身が変化するように、所有しているものも変化していきます。

家は古くなり、メンテナンスが必要になります。仕事や肩書きも、時代の流れによって変わることがあります。

そして、自分自身が変化すれば、人との関係も変わっていきます。もちろん、安心できる場所や人がいることは、とても大切なことです。

心の底からわかり合える人に出会ったとき、その存在に「親友」という名前をつけたくなる人もいるでしょう。

誰かの「一番」でありたい。自分にも「一番の人」がいてほしい。「親友」という言葉もまた、自分を安心させてくれる名前のひとつなのかもしれません。

住む場所がある。
仕事がある。
肩書きがある。
大切な人がいる。

そうやって私たちは、自分のまわりに安心できるものを少しずつ増やしていきます。
まるで、自分の城をつくるように。

しかし、その城はずっと同じ姿であり続けるでしょうか。家も、人も、仕事も、そして自分自身も変わっていきます。

外側にあるものが変化したとき、それが自分の安心と強く結びついているほど、内側も大きく揺れます。

失いたくない。
変わってほしくない。
ここにいてほしい。

安心させてくれていたものが、いつの間にか「執着」へ変わっていることがあります。

人生はトランクひとつで


自由に人生を楽しんでいる人を見ていると、不思議に思うことがあります。

何も持っていないわけではありません。大切なものも、大切な人もいる。ただ、自分が持てる重さをよく知っているように見えるのです。

自分のまわりに安心という城を、どんどん大きくしていくのではなく、必要なものだけをトランクに入れて、身軽に歩いていく。

そのトランクの中身も、ずっと同じではないのでしょう。必要になるものもあれば、必要ではなくなるものもある。

ときどき立ち止まって、自分のトランクを開けてみる。今の自分は、何を大切にしているのだろう。
何を失いたくないと思っているのだろう。

そして、その中の何に、

「これは私のもの」

と、名前を書いているのだろう。

手放すかどうかは、その先の話です。まずは、自分が何に名前を書いているのかを知ること。

人生はトランクひとつで。

ときどき中身を確かめながら歩いていく。

そんなことを繰り返しているうちに、自分の外側に安心を増やすのではなく、自分の内側に安心できる場所が少しずつ広がっていくのだと思います。